小さな自然再生の記録

龍泉寺の湿地の保護活動は、元高校教諭の藤原さんと教え子の故加藤さんを中心に2009年1月にボランティア活動としてスタートし、今年(2016年)の1月で満7年になりました。
「希少植物を後世に残したい」との情熱だけで始めた素人集団でしたが、節目節目で専門家のアドバイスを受けて、試行錯誤で保全活動を行ってきました。紆余曲折はありましたが、湿地は継続して良好な状態を維持しています。
2014年11月に環境省の自然再生基本方針が見直しされ、“地域住民や民間団体が実施する「小さな自然再生」を全国展開し、自然環境の保全・再生を広域拡大すること”が付け加えられました。基本方針に基づいて、環境省が再生事例の紹介冊子「小さな自然再生活動事例集~パンフレット~(平成27年3月作成)」を制作しています。
その冊子に、龍泉寺の自然を守る会の活動が掲載され、事例の一つとして、全国に紹介されました。私たちの活動が、環境省が提唱する「小さな自然再生」のモデルとして評価されたと受け止めています。
7年間の龍泉寺の湿地の保全活動を振り返って、経験したこと、調べたこと、専門家の方から教わったことを整理して掲載しています。 これから「小さな自然再生」に取組まれる方の参考になれば幸いです。  (2016/2/27記)

龍泉寺の湿地

龍泉寺の自然を守る会が保全活動を行っている湿地は、龍泉寺(岡山市北区下足守900)の敷地内にあります。龍泉寺の敷地は約60ヘクタールあり、敷地内に龍王池(3.3ha)、長池、泥池の三つの池があり、その周辺に湿地が点在しています。

こい岩湿地

サギソウ湿地

保全活動を行っている湿地は、5箇所あり、それぞれに名前を付けています。
こい岩湿地(約15アール)、上こい岩湿地(約3アール)、サギソウ湿地(約7アール)、もみじ谷湿地(約8アール)、トンボ池湿地(泥池を含んで約28アール)

湿地とその周辺に、環境省第4次レッドリストでの絶滅危惧Ⅱ類(5種)、準絶滅危惧(7種)の動植物が生育・生息しています。また、ハッチョウトンボなど多くのトンボが生息しています。 1950年代には個体数が多く珍しくなかった動植物が、現在では絶滅危惧種に指定され、絶滅が危惧される状況です。龍泉寺の湿地は、開発や水質汚染の影響を受けることなく残されてきました。
龍泉寺の湿地とその周辺域を“岡山市の生物多様性ホットスポット”と自称し、龍泉寺の自然を守る会は、この自然環境を後世に伝えることを目標に活動しています。

湿地の生い立ち

“岡山市の生物多様性ホットスポット”と自称している龍泉寺の湿地の生い立ちを、地勢、地質、開発、降水量などから考察してみます。

周辺の地勢

吉備高原  (写真の拡大)
右下に岡山市市街、左下に総社市、下部に岡山平野が広がる。  右下部に旭川(一級河川)、左下部に高梁川(一級河川)が、右中央に笹ケ瀬川、左中央に足守川が見える。

龍泉寺の地勢と開発  (写真の拡大)
周辺の山地は、ゴルフ場、空港、まさ土採掘場、産業廃棄物処理場などに開発されている。

岡山県の山地は、北から①標高1000m~1300mの中国背梁山地、②標高300m~600mの吉備高原(県下陸域面積の7割を占める)、③標高200m以下の瀬戸内丘陵群に分類されます。
龍泉寺の湿地は、吉備高原の南端に位置し、龍王山287mから三上山202mへ続く分水嶺の北側にあります。龍泉寺の湿地を代表するこい岩湿地とサギソウ湿地は、いづれも龍王池に流入する谷に形成されています。龍王池の標高は184mで、これらの湿地の標高は186~190mの位置にあります。
吉備高原は準平原が隆起・侵食されてできたもので、南および東に向うにしたがって高原の標高は200~300mまで下がります。吉備高原南部から瀬戸内丘陵群の地質は花崗岩で、深層まで花崗岩の風化が進み良質の山土(まさ土)を採掘できます。

参考資料:縮尺20万分の1土地保全図付属資料(岡山県) 国土庁土地局

周辺の開発

絶滅危惧種の絶滅要因の第一は、開発です。龍王山周辺の開発状況を見てみましょう。 1970年頃から1990年頃にかけて、ゴルフ場や岡山空港が造成されました。花崗岩が風化してできた山土(まさ土)の採掘場や産業廃棄物処理場 が造られています。龍王山が開発を免れたのは何故でしょうか。
龍王山の南麓に最上稲荷山妙教寺、西中腹に最上本山御瀧龍泉寺、山頂に龍王山一乗寺があり、お寺が龍王山の地主であったことが、自然が守られてきた要因と考えています。
龍王山は花崗岩の巨石が多く、古来から磐座(いわくら)信仰の霊地でした。奈良時代には、報恩大師がこの地で山岳修行をおこない、現在の寺は報恩大師に由来していると言われています。龍王山は宗教上の霊地であったことが、龍王山の土地が寺の所有地になり、開発を免れた要因と考えています。

周辺の降水量と日照時間
岡山と日応寺(岡山空港)観測所の降水量と日照時間
数値は2006年~2015年の10年間の平均値(気象庁気象データから算出)
アメダス観測所 年間降水量
(mm)
1mm以上の
降水日数
年間日照時間
(h)
岡  山(岡山大学) 1,161 91 2,031
日応寺(岡山空港) 1,233 96  

近くのアメダス観測所は日応寺(岡山空港)と岡山(岡山大学内)にあります。
上の表は、気象庁気象データを使用して、2006年から2015年の10年間の岡山と日応寺の平均値を算出ています。龍泉寺は日応寺に近く南に位置し、同じ吉備高原にあることか推測すると、龍泉寺の湿地の年間降水量は約1200mm、1mm以上の降水日数は年間約95日、年間日照時間は約2000時間と推定しています。 瀬戸内の気候に近く、年間降水量は少なく、日照時間は多いため、やや乾燥した環境にあり、山地はアカマツ・ネズミサシ・落葉広葉樹の植生です。一部にヒノキが植林されています。
龍泉寺の湿地は、龍王山(標高287m)から三上山(標高202m)へ続く分水嶺の北側にあり、5か所の湿地は標高175mから190mに点在しています。

こい岩湿地・サギソウ湿地へ流入する集水流域

龍泉寺の湿地の中で、こい岩湿地は最も生物多様性に富む湿地です。こい岩湿地がある谷の長さは約320m、湿地へ流入する集水流域は約4.5ヘクタール、サギソウ湿地の集水流域は約1.9ヘクタールと試算しています。流入する集水流域は広くはないが、夏の渇水期でも、湿地が乾ききることはありませんでした。

こい岩湿地・サギソウ湿地の集水流域  (写真の拡大)
湿地は龍王山287mから三上山202mへ続く分水嶺の北側にある。こい岩湿地に流れ込む雨水の集水流域は約4.5ha、サギソウ湿地の集水流域は約1.9ha、年間降水量は約1200mmである。

龍泉寺の湿地の特徴

花崗岩が風化した土砂(まさ土)が堆積すると、粘土層が形成されます。その上を水が流れることで湿原植生が発達した湿地(湧水湿地/鉱質土壌湿原)が、龍泉寺周辺に多数みられます。それぞれの湿地は、共通した部分もありますが、立地や状態によって植生や生物相が異なっており、龍泉寺の自然を多様性に富んだものにしています。

こい岩湿地

龍泉寺にある湿地の中でもっとも面積が広く、多様かつ良好な湿原植生が発達しています。
龍王池は正徳三年(1713年)に、足守の大庄屋であった難波助兵衛が農業用ため池として整備しました。
龍王池とこい岩湿地の間に、谷川からの土砂が池に流れ込むのを防ぐために低い堤が造られています。 谷奥の湧水に始まる谷川からの土砂と粘土が堤で止められ堆積してできた谷底(こくてい)型の湿地です。谷の中央部は深く2m以上の土砂が堆積しています。
湿原内にはトキソウ、ヒメミクリ、サギソウ、アギナシ、ミズトンボ、キセルアザミ、コイヌノハナヒゲなどが生育しています。一部には、浸みだし水もみられ、その部分にはモウセンゴケ、イトイヌノハナヒゲなど特に貧栄養な環境を好む植物が生育しています。

サギソウ湿地

龍王池の南側の小さな谷に位置する湿地です。浅い谷ですが、安定した湧水によって植生が保たれています。花崗岩の岩盤の上に比較的浅い粘土層があり、モウセンゴケ、ミミカキグサ類、イトイヌノヒゲなどを主体とした良好な湿原植生が発達し、特にサギソウが数多く咲くため「サギソウ湿地」と呼んでいます。ハッチョウトンボを手作りの木道橋から間近に観察することができます。

龍泉寺の湿地の保全

冬の草刈り・搬出

湿地の貧栄養状態を維持するために、植物が休眠状態の冬に行う草刈りと枯れ草を湿地の外に搬出することが、最も大切な保全作業です。搬出した枯れ草は、数年かけて堆肥にして有効活用しています。

水位調整

湿地内を流れる水は溝をつくり、長い間に流路が深く侵食されるようになります。深く侵食されると、地下水位が低下し、湿地が乾燥化します。水落の箇所や水路の途中に土嚢を積んで水位を調整しています。

外来植物やススキの除去

セイタカアワダチソウ、ヒレタゴボウ、コセンダングサなど外来植物を見つけたら、根から抜いて除去しています。湿地に侵入してくるススキも取り除くようにしています。

こい岩湿地の植生遷移

こい岩湿地の復元

こい岩湿地の復元前 2009年5月31日

こい岩湿地の復元作業 2010年3月3日

こい岩湿地の木道橋 2011年5月24日

2010年3月に、こい岩湿地を復元するために繁茂していた枯れ草と湿地周辺部の雑木を、除去しました。この作業によって、ギャップが発生し、光が地表面に届くようになり、トキソウの群落が出現しました。 2010年12月には、湿地の植物を観察しやすいように、手作りで木道橋を製作しました。

植生遷移の問題

コマツカサススキの穂先の刈取り 2012年9月25日

ススキの株の抜取り 2012年10月12日

サワギキョウの除去 2012年11月29日

こい岩湿地を復元してから3年目の2012年には、背丈の高くなる湿地の植物であるカモノハシ、コマツカサススキ、サワギキョウ、サワヒヨドリ、湿地の植物でないススキが生育領域を伸ばし、繁茂してきました。サギソウが生育する領域まで、これらの湿地の植物が侵食してきました。
2012年9月には種が落ちる前に、コマツカサススキの穂先を刈取りました。湿地に侵入してきたススキは放置すると株が大きくなり除去するのが困難になります。まだ株が小さいので、10月にスコップや三角ホーで株ごと抜き取ることにしました。11月にはサワギキョウの一部を抜き取りました。
湿地の植生遷移を抑制して、トキソウやサギソウの群落が観賞できる環境を維持する難しさを実感しました。

植生遷移の抑制

こい岩湿地の水質調査 2013年3月2日

水落に土嚢を積んで水位を上げる 2013年3月7日

石垣で山土が崩れるのを防止 2013年3月14日

倉敷市浅原にある重井薬用植物園の園長 片岡博行先生にお願いして、2013年3月2日に龍泉寺の湿地の現状を見ていただきました。 この時いただいたアドバイスは、①地下水位が下がっている、排水口に土嚢を積んで水を上げる。②上流から貧栄養の表層水が流れるようにする。③急激な変更をしないで、植生の変化を見ながら対応する。などでした。
アドバイスに基づいて、下記の植生遷移対策をおこないました。
対策1: こい岩湿地の水路は侵食されて下流では深さ約20cm、排水口にあたる水落の段差は約50cmあり、水が地下に潜り湿地の水位が低下していることを指摘されました。水落ちの深みに、石やまさ土で埋めて土嚢を積んで水位を上げました。水落ちの下の水面から約80cm水位を上げたことになります。また、水路の2箇所に土嚢を置いて、土嚢周囲の水位を上げました。
対策2: こい岩湿地の南東部分では、山土が湿地に流れ込み、最も乾燥化が進んでいる地点です。龍泉寺さんの方で、崩れ落ちた山土をとり、放置していた雑木の残骸を取り除き、石垣造りにしていただきました。
南側の道路に降った雨水が流れ込む箇所に、穴を掘って集水ピットを造り、土砂止めと溜まった雨水が湿地を潤すようにしました。
対策3: 以前、龍泉寺の飲用水用に湿地の谷の上流にある井戸から水を引いていたパイプが湿地を横切っていました。使用していないので、パイプの湿地の東端地点部に蛇口を付け、水を流すようにしました。

植生遷移の経過観察

こい岩湿地の植物の生育範囲、個体数は、毎年変化しています。上述の植生遷移抑制対策と毎年冬に行う草刈りと湿地外への搬出の保全作業の効果と植物同士の生存競争があいまって、植生が少しずつ良い方向へ変化しているようです。
主観的・定性的な話ですが、2011年~2015年間で気づいた湿地の変化を記載します。

カヤネズミの巣 2013年8月

トキソウ 2013年5月

ヒメミクリ 2013年6月

ミズトンボ 2015年9月

サギソウの群落 2015年8月背丈の低いカモノハシ・コマツカサススキ・サワギキョウに混じってサギソウが開花しています

サワギキョウ:  湿地を復元した2011年には、サワギキョウは主に湿地の南部分に生育していました。その後、湿地全域に広がりましたが、2015年には背丈の低いサワギキョウが目に付くようになりました。
カモノハシ:  2015年には一時の繁殖力が衰え、背丈も低くなっているように感じました。
コマツカサススキ:  湿地を復元したときは、主として湿地の西部分に繁茂していました。その後、湿地全域に広がりましたが、2015年には繁殖密度は低下し背丈が低くなっているようです。
カヤネズミ:  2013年1月に草刈りをしていた時にカヤネズミの巣を2個見つけました。2013年8月には、カモノハシやコマツカサススキの茎と葉を利用したカヤネズミの巣を見つけました。2015年の夏は、カモノハシやコマツカサススキの生育密度が低くなったためか、巣を発見することができませんでした。
トキソウ:  何回か盗掘され、生育密度が高かった場所のトキソウを失いました.。生育範囲が乾燥気味の周辺に移動しています。
サギソウ:  2013年にはサギソウの生育範囲が減少してきているように感じていました。2015年には湿地の東中央部分(パイプから水を流している流域)にサギソウの群落が目に付くようになりました。 背丈の低いカモノハシ・コマツカサススキ・サワギキョウが生育する環境下にサギソウの群落があります。
ヒメミクリ:  2015年湿地の南東部分に群落がありましたが衰退し、今まで見ることのなかった箇所でヒメミクリを見かけました。ヒメミクリは衰退する傾向が見られます。
ミズトンボ:  復元当初の2010年には、西中央部分に10株ほど生育していました。2013年には南中央部分に、2014年には南部分に、2015年にはほぼ湿地全域に広がりました。
ササ:  水落の箇所にササが繁茂していましたが、水位を上げ冠水したことでササは衰退しました。
カエル:  水溜りができて、カエルが産卵しオタマジャクシを見かけるようになりました。ツチガエル、ニホンアカガエル、トノサマガエルを見かけるようになってきました。
ヘビ:  湿地でヘビを見かけます。今までに見たヘビは、アオダイショウ、シマヘビ、ヤマカガシ、マムシです。

流水の脅威

パイプで谷川の水を誘導 2013年3月24日

谷川の水の取水口 2013年3月24日

パイプからの水が流れる流域は湿地の植物に置換わる 2014年6月13日

こい岩湿地の北東部一帯はササが繁茂していました。2013年3月に谷川の水をパイプで誘導し(左および中央の写真)、流水がササにどのような影響を及ぼすか実験しました。1年後の6月には、パイプから流れ出る水の流域の一部が、ササから湿性植物に置換わっていました。右の写真は、ササの勢力を抑制するためにササを刈取っています。草刈り機で刈取っている付近はパイプからの流水によって、ササから湿性植物に置換わっているのが分かります。
ササの地下茎が流水によって冠水状態にあり、ササの成長が抑制されているものと考えています。

竹の樋で谷川の水を大量誘導 2014年11月18日

ササがタチスゲとゴウソに置換わる 2015年5月15日

シロイヌノヒゲ、イヌノハナヒゲ、サワヒヨドリなどに置換わる 2015年9月26日

実験で流水がササの生育を抑制することがわかったので、2014年11月に竹の樋で谷川の水を誘導して、大量に流れるようにしました(左の写真)。2015年5月中旬には、ササが衰退し、タチスゲとゴウソが繁茂する植生に変わっていました(中央の写真)。タチスゲなどの種子が湿地に入らないように、草刈りを行いました。9月には、シロイヌノヒゲ、イヌノハナヒゲ、サワヒヨドリなどの湿地の植生に置換わっていました(右の写真)。

上こい岩湿地とこい岩湿地は、道路を造ったために分断され、水の流れが変わりました。そのため、こい岩湿地の北東部は乾燥化し、ササが繁茂したと考えています。

上述の植生の変化を生態学的に言えば
ササが優占しているこい岩湿地の北東部に、谷川の水を大量に流すことで(撹乱)
ササの成長が抑制され空き地が生じ(ギャップ)
土壌中に種が眠っていたタチスゲやゴウソが5月中旬に出現(土壌シードバンク)
5月中旬にタチスゲやゴウソなどを刈取ったことで再度空き地が生じ(撹乱)
光が当ることで、発芽していたシロイヌノヒゲ、イヌノハナヒゲが晩夏から初秋にかけて生育(土壌シードバンク)
との説明もありかと思っています。

湿地を良好な状態で維持していく上で、貧栄養水質の流水がいかに大切か理解できました。

ハッチョウトンボ

ハッチョウトンボはサギソウ湿地とこい岩湿地に生息しています。ハッチョウトンボは日本で一番小さいトンボとして人気があります。ハッチョウトンボの行動域は狭く、湿地外へ飛んでいくことはなく、傍で人がハッチョウトンボにカメラを向けても飛び去ることはありません。こうした習性が、ハッチョウトンボの人気を増幅しています。

ハッチョウトンボ オス

ハッチョウトンボ オス(未成熟)

ハッチョウトンボ メス

ハッチョウトンボ オス(未成熟)

棲みやすい環境作り
サギソウ湿地のハッチョウトンボ数
ピーク時
推定個体数
確認個体数
2010年 数匹  
2011年 数匹  
2012年 数匹  
2013年 10~20匹 6月3日:6匹、16日:8匹、22日:12匹
2014年 30~50匹 5月25日:8匹、29日:25匹、6月3日:31匹
7月14日:15匹
2015年 50~70匹 5月16日:23匹、6月:多数のため数えず
2016年 110~130匹 5月11日:4匹(初認)、6月3日:68匹、6日:99匹
11日;105匹、18日:72匹、27日:76匹
7月16日:69匹、29日:33匹、8月3日:25匹
12日:10匹、21日:4匹、27日:0匹

サギソウ湿地を復元した当初、数匹のハッチョウトンボが生息していました。2016年には、サギソウ湿地で100匹を越える生息数を確認しています。 サギソウ湿地でハッチョウトンボの棲みやすい環境づくりに取組んだ経緯を記載します。ハッチョウトンボの保護活動されている方に参考になれば幸いです。
ハッチョウトンボを増やすために計画的に取組んだわけではありません。そのため、生息数の推移の記録は不完全です。
2010年夏:DVD「龍泉寺の自然」に収録するハッチョウトンボを撮影するために、ハッチョウトンボを探すのに苦労しました。
2010年7月:岡山県自然保護センターに「湿地の植物」の研修に行きました。ハッチョウトンボを観察しながら、講師の先生から「イノシシが掘り返した湿地の窪みがハッチョウトンボの成育に適していて、ハッチョウトンボが増えている。」との説明がありました。

水の出口の土嚢を置く 2013年3月6日

溝を木材で堰き止め 2014年2月17日

溝を麻の土嚢で堰き止め 2016年2月17日

2010年冬:故加藤会長が、サギソウ湿地の奥に数箇所穴を掘り、窪地を造り、水が溜まるようにしました。
2013年3月:サギソウ湿地の水の出口に土嚢を置いて、浅い水溜りが出来るようにしました。
2014年2月:水の流れで造られた溝を木材で堰き止め、渇水期でも窪地に水が残るようにしました。
2013年度の冬からイノシシがサギソウ湿地に現れるようになり、冬には湿地を部分的に掘り返すようになりました。
2016年2月:溝を堰き止めている木材をイノシシが掘り返すので、溝の堰き止めを木材から麻の土嚢に変更しました。

2016年の考察:ハッチョウトンボのピーク時の推定個体数は、2010年、2011年、2012年は数匹だったものが、2013年には10~20匹に増え、2014年には30~50匹、2015年には50~70匹(多いので数える気にならず数えていません)、2016年には110~130匹(このレポートを書くために根気よく数えました)と推定しています。
2016年の経過観察で、ハッチョウトンボは5月中旬頃から羽化が始まり、6月上旬に生息個体数が最大になります。その後、大雨に打たれて死したり、モウセンゴケに捕まったり、カエルやトンボに食われたり、寿命で死んでいき、個体数は減少していき、完全に消滅するのは8月下旬であることがわかりました。 ハッチョウトンボの個体数が飛躍的に増えたのは、幼虫が成育する環境が良くなり、羽化して成虫のトンボになる確率が高くなったことで、世代交代するたびに増えたものと推定しています。

ハッチョウトンボ2017年の考察

2017年は降雨量が少なく、ハッチョウトンボが成育するサギソウ湿地は、湿地周囲の浸み水が消失しました。じめじめした湿潤な場所は、水が流れる溝の周囲に狭まりました。じめじめした湿潤な所に、産卵し・幼虫が成育するハッチョウトンボにとって、成育域の乾燥は生存できなくなるようです。
2016年と2017年の個体数、区域別の個体数、降雨量との関係を考察してみました。

(1) ハッチョウトンボの2017年の生息数は、2016年に比べて減少。
(2) 2016年は湿地全体に浸み水が見られたが、2017年は降雨量が少なく、湿潤なのは小溝の流水域のみになった。
(3) 2017年の降水量が少なかったのが生息数減少の要因と思われる。
(4) 区域別に見ると、乾燥化が顕著な区域A、D、Lの生息数が減少。湿潤が維持された区域H、K、Mの生息数は微増傾向。

イノシシによる撹乱

サギソウ湿地の北よりの東側は、ススキやカモノハシが生育する乾燥化が進んでいるゾーンです。2013年の冬から冬季にイノシシがこのゾーンを掘り返すようになりました。ススキやカモノハシの地下茎を食べていると思われます。
イノシシが耕した後に、モウセンゴケ、イトイヌノハナヒゲ、コバノトンボソウ、サギソウが出現し、2015年にはハッチョウトンボの棲みかにもなっていました。イノシシによる地表の掘り返し(撹乱)が、適度であったために、掘り返し箇所が良好な湿地に自然再生されたケースです。湿地の植物の復元力にあらためて感心しました。

2016年のこい岩湿地

2016年の水位の変更

昨年(2015年)の秋から、上流にある井戸から水を引いていたパイプが詰まり東中央からの流水が少なくなりました。2016年2月に溝から水を誘導していた竹の樋を延長して、水を東裾に流して東中央から流れるようにしました。 北東側の溝が深くえぐられているので、溝の3箇所に土嚢を積んで水位を上げるようにしました。
湿地の中央部の溝の3箇所を土嚢で堰き止め、水が周囲を潤すようにしました。水落部分のササが目立ちだしたので、土嚢を一列分高くしました。

樋を延長し水の流れを変更2016/2/17

北東側の溝に土嚢を積む2016/2/17

溝から誘導した水(北東部)2016/3/6

水落の土嚢を一列分高くする2016/3/7

竹の樋を延長したことにより、東中央から流れる表層水は以前より多く流れるようになりました。また、北東部の溝を土嚢でせき止めたことにより、水がオーバーフローし、北東部の水位を上げることができました。 湿地の中央部も表層水が流れるようになり、湿地の広い面積が湿潤な状態になりました。また、湿地の下流の水位も上がりました。

植生の変化

トキソウ:湿地中央の湿潤なエリアの開花固体数が減少した。
カモノハシ:表層水がながれているエリアの個体数の減少と小型化の傾向がある。
サギソウ:湿地中央の湿潤なエリアの開花固体数が増加傾向である。
ミズトンボ:毎年、生育範囲を広げていたが、湿地の全域で固体が見られるようになった。
サワギキョウ、サワヒヨドリ、コマツカサススキ:背丈が小さくなる傾向がある。

ヒメミクリの群落 2016.5.29

ヌマトラノオの群落 2016.7.16

サワヒヨドリ・イトイヌノヒゲ・イヌノハナヒゲ2016/9/3

サギソウ 2016.8.21

北東側の溝端の変化:5月末頃にはヒメミクリの群落の開花、7月中旬にはヌマトラノオの群落の開花が見られた。溝の水をあふれさせたことにより、カモノハシなどの植物が抑制され、以前からそこに生育していたヒメミクリやヌマトラノオが目立つようになったと思われる。
北東部のササが繁茂していたエリア:2013年から溝の水を流し続けてたことにより、ササは完全に消失し、ぬかるみの湿地に戻りつつある。サワヒヨドリ、イトイヌノヒゲ、イヌノハナヒゲが繁茂し、サギソウが2株開花した。湿潤化にともなって、リンドウは消滅した。
水落エリアのササ:冠水したことによりササの繁殖力は弱まった。

草株が消失・縮小し、泥沼化したエリア
2013年3月から2015年秋まで上流の井戸から引いて水を流す。2015年2月から溝の水を誘導して、湿地の広い面積に水が回るようにした。

泥沼化したエリアと土嚢で堰き止めた箇所
溝からあふれた水が表層水として流れ、湿地の比較的低いエリアのカモノハシなど背丈の高い植物の繁殖力が低下し、草株が小さくなり、泥沼化した。

こい岩湿地の特徴

龍王池に土砂が流れ込むのを防ぐために造られた堤が、 谷川からの土砂や泥、植物の残渣を堆積させて谷底(こくてい)型のこい岩湿地を形成した。中央部の堆積層は2m以上あり、やわらかい泥の層です。表層にカモノハシ等の株張りの良い植物が生育することで、株の上を人が歩くことができ、枯れ草の刈取り・搬出などの保全作業ができています。

こい岩湿地の管理方針の変更

こい岩湿地を復元してから3年目の2012年には、背丈の高くなる湿地の植物であるカモノハシ、コマツカサススキ、サワギキョウ、サワヒヨドリ、湿地の植物でないススキが生育領域を伸ばし、繁茂してきました。サギソウが生育する領域まで、これらの湿地の植物が侵食してきました。
こい岩湿地の植生遷移を抑制し、トキソウやサギソウの群落を維持するために、湿地に水が広く回るように対策をしてきました。その結果、カモノハシなどの背丈の高い草は抑制され、サギソウの生育環境は拡大しましたが、湿地の沼地化が始まってきました。
沼地化すると人が湿地に入ることができなくなり、枯れ草の刈り取りができなくなるので、2016年12月からこい岩湿地の管理方針を転換しました。谷川の水を湿地中央に誘導することを中止すると共に湿地の水位を少し下げました。こい岩湿地を少し乾燥化させて、カモノハシなど背丈の高い草の勢力を回復させることにしました。

人間に人気のあるサギソウやトキソウの群落の拡大を目指すのではなく、湿地の植物の生存競争を見守ることに方針転換をしました。
これから数年、植生の変化を観察しようと思っています。背丈の高い植物が、繁殖しすぎるようであれば、再度管理方法を変更します。

2017年のこい岩湿地

こい岩湿地が泥沼化してきたので、昨年(2016年)12月から、①谷川から水を誘導して表層水として湿地に水を流すこと、②湿地の下流の水落部に積上げた土嚢を一段はずし、下流の水位を下げる、対応を取りました。
今年(2017年)12月に湿地の草を搬出するために湿地に入った時、昨年のように歩けない程ぬかるんで困る状態ではなかった。

後記

龍泉寺の自然を守る会がスタートして2018年1月で満9年になりました。会員数は発足時の3倍以上になりましたが、9年間に高齢化が進み世代交代の時期を迎えています。活動の担い手となる60代の若手の会員獲得が重要課題です。皆様のお力添えをお願いいたします。湿地の保全以上に難しい問題です。

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